北九州市立大学 同窓会
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念願の支部設立


はじめに

当支部は山口県北部地区の萩市、美祢郡・美祢市・長門市・大津郡・阿武郡の在住会員によって構成されている。

萩は毛利氏36 万石、13 代260 年間の居城跡があり、城下町をはじめ各所に史跡があり、観光客の絶える事がなく、又有名な萩焼や幕末の志士達の学んだ松下村塾をは じめ幕末から明治にかけての歴史を語る建造物が数多く 残されている町である。

美祢は東洋一の大鍾乳洞秋芳洞と日本最大のカルスト台地秋吉台を擁する場所である。 長門地方は詩人の金子みすずの生誕の地・仙崎から出 る観光船に乗り海のアルプスと言われる青海島を一巡す るのもよし、特にこの地方は温泉めぐりも出来てリゾート地として最適な場所である。


平成3 年8 月18 日は私達にとって記念すべき日になっ た。と、言うのも「萩・長門・美祢支部」の設立が無事叶い、盛大に第1 回の総会が行われたからである。 本当に長年の夢であった。10 年以上も前から同窓生が 集まっては「おい、支部をつくろうや」と言っては飲んでいた。

しかし、いざ組織として公式のものをつくるに は、それなりのエネルギーと時間がいる。機運はそこかしこで盛り上がったものの、なかなか支部設立とはなら なかった。そのうち、北方の学生会館のメシを食った者がこの山口県の北浦にも増えてきた。若い後輩たちから、 「先輩、僕も北九大です」と職場で名刺を受けとることも多くなった。

このようにして、皆さんのご協力、ご支援で「支部の設立」の夢が叶ったのである。 8 月18 日・日曜日は、ことのほか蒸し暑い一日であっ た。萩を代表する景勝地・菊ヶ浜にある「ホテル千春楽」 に38 人が集まった。

同窓会本部から3 人(土谷清同窓会 会長、永岡組織局長、中山組織部長)が交通の便が悪い山陰本線を列車で来られた。感激の至りであった。14 時 から総会、支部設立に至る経過を述べ、支部会則を審議、 決定、支部長に多田作平氏(25 ・専米)を選出した。永岡教宣部長から正式に支部設立の承認を受けた。喜びひとしおの一瞬であった。

熱心な総会は1 時間半にも及ん だ。土谷清同窓会会長、多田作平支部長を中心に記念写真を撮り、懇親会に移った。 土谷会長の力強く、わが母校、北九大の現状と未来に ついてのあいさつに一同、心から頼もしさを感じた。森重良平副支部長の乾杯の音頭でなごやかな懇親の場になった。

私達の支部は名前の通り3 つのブロックを抱える 支部である。3 市3 郡と比較的広いエリアをカバーする ことになった。見知らぬ者同士がビールをくみかわす場もあるわけだが、それは支部設立の喜びで何のわだかま りもなく、新しい友達の輪がどんどん広がっていった。

そして、元応援団長の中山組織部長が支部設立のエー ルを送り、逍遥歌を指揮して喜びはピークに達した。力 強くそして朗々としたハリのある声は現役そのものであ った。「俺達も負けられんで」。支部設立総会及び懇親会 は、那須正幸副支部長の万歳三唱でお開きとなった。

なお、次回総会は、平成4 年8 月23 日、萩グランドホ テルでより盛大に行うことを決定して散会した。

西中 勝信(41 ・米)

〔萩・長門・美祢支部〕

 支部長
 多田 作平 萩 25 ・米

 副支部長
 村田 忠一 阿武 30 ・米
 森重 良平 萩 30 ・米
 那須 正幸 萩 30 ・米
 上田 盛久 長門 43 ・商
 配川 宣昭 美祢 39 ・米

 幹事長
 西中 勝信 大津 41 ・米

 幹事
 嶋田 利夫 萩 34 ・米
 岡村 宏保 萩 38 ・米
 池田 勘忠 萩 37 ・商
 月成 庄造 萩 56 ・米
 鷲頭 秀明 萩 55 ・経
 柳井 和彦 萩 58 ・法

 会計
 作間 周子 美祢 38 ・米
 長岡由紀恵 萩 50 ・米
 南野 佳子 長門 61 ・米

 監査
 渡辺 誼幸 阿武 34 ・米
 羽柴 恒 萩 37 ・米