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支部の誕生 |
| この戸畑に、戸畑支部が設立されたのは昭和32 年であ る。 支部設立の中心となったのは、野波昭也(24 ・専中)。 野波は、同窓会本部の活動や近隣支部の設立運動を耳に するにつけ、戸畑にも早急に支部を設立しなければ、と 思った。野波は、同期の藤本茂(24 ・専中)に相談し、 支部設立について話を進めるが、藤本が身体をこわし、 準備は、事実上、野波ひとりの肩にかかった。 当時、戸畑に在住する同窓生の数は、100 人に満たな かった。もちろん、名簿などはなく、野波は、自分の足 を頼りに駆け回った。こうした中で、この年に卒業した 菊川清充(32 ・米)を知り、協力を求める。一方、二人 の活動を知った竹内充男(24 ・専中)、王子田實雄 (29 ・米)が設立準備に加わった。 第1 回の支部総会は、戸畑公会堂の食堂を一部借り切 って行われた。参加人員は40 人。これは当時の同窓生の 数からみれば大変な数である。 初代支部長には野波昭也、副支部長には藤本茂が決ま った。支部長就任も束の間、野波は、都合で支部長を藤本に譲った。 昭和37 年11 月の同窓会会報「北友会会報」8 号には次 のように記載されている。 「会員数100 人、支部長・野波氏が、長い間お世話をしていましたが、勤務の都合上、この度8 月8 日の総会 をもって辞任し、専1 卒業の藤本氏が、支部長となりま した。当支部は同窓生の勤務先が、小倉、八幡と各方面 にわたり、お世話が大変だったと存じます。ご苦労さん」 藤本は、昭和38 年の5 市合併後、勤務先も住所も小倉 に移り、副支部長に支部長を委譲はしたものの、昭和40 年ごろから戸畑支部の活動は中断された。 |