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支部の設立 |
| 当支部はかつての筑豊炭田の真ん中を流れる遠賀川の 流域とこれに隣接する炭鉱があった岡垣町にかけての地 域で、即ち中間市と遠賀郡内の水巻町、遠賀町、芦屋町 と岡垣町の1 市4 町に分散する同窓生500 余人から成り 立っている。昔日のボタ山や炭鉱も今はなく、小倉駅と 博多駅まで地区西側にある岡垣町(海老津駅)からそれ ぞれJR で40 分位で、北部九州のベッドタウン化してい る。 中間市は、北九州市から郊外ショッピング地域の地 理的便利さもあってウイークエンドには、買い物客で賑 わっている。芦屋、遠賀、岡垣の3 町は、まだまだ自然 が多く、芦屋海岸や三里松原での磯遊び等、海浜レジャ ーを楽しむ自然派が訪れる。また果樹園も増え、季節毎 の客を喜ばせている。一方、産業としては目立つものは なく、北九州工業地域に供給する電気機器の材料や部 品・軽工業製品の中小工場が立地している。 地区内で同窓生の会合は、職場単位や親しい友人間で 細々と行われていたようだが、これが定着する前に勤務 先の異動、核となる人々の転出等の事情でなかなか組織 化できなかった。中間市の総務や秘書課長をしていた津 田末広(31 ・米2 )の話によると、平成の初め頃から支 部結成の話を熱心に持ちかけられたが、本人が業務に追 われて助力できず残念であるともらしていた。この間、 地域の同窓生も漸増して500 人近くとなり、本部組織部の肝入りもあって設立の機運が高まったのは平成8 年10 月頃であった。 組織化し易いように、との配慮から、地方自治体から、 中間市役所のOB ・古野嘉久(35 ・中)、自営業から児玉 秀文(48 ・商)、教員・原田一男(28 ・米)がこの核と なった。地理的に1 市4 町に分散している会員をまとめ るため、各地区担当をそれぞれ数人おき、設立総会の準備を進めた。 発起人に名を連ねたのは、前述の3 人に加え、西谷侃 治・中間市助役(35 ・商)のほか中間市4 人、水巻町は 建設業の梶野芳男(39 ・中)と八幡支部長で水巻町在住 の岸野利之(34 ・米2 )が新支部への特別応援で参加し、 芦屋からは、中学校長であった国広修(29 ・米)、遠賀 町は三井海上保険の竹中敏雄(35 ・中)と松本元(37 ・ 商)、岡垣からは遠賀町役場の稲田順三(38 ・商)と工 務店自営の曽宮良寿(46 ・済)であった。 当時の案内文 を見ると、「若き青春の血を燃やした懐かしい母校…… 人と人とのふれあいこそかけがえのない財産」と呼びか けている。 全国51番目の支部 支部設立総会の開催は、新装なった「なかまハーモニ ーホール」で翌平成9 年9 月6 日、全国で51 番目の支部 となった。当日は前日までの台風の影響で風雨も強く、 欠席通知が相次いだが、有志25 人が出席した。本部から 中山副会長をはじめ、新井、松田、千竃各幹事が出席、 祝辞をいただいた。 会議は、議長選出から始まり、会 則の審議、支部役員選出を満場一致 で終え、新役員は次の通りとなった。 支部長・原田一男(28 ・米)、副 支部長・古野嘉久(35 ・中)、梶野 芳雄(39 ・中)、竹中敏雄(35 ・中)、 仲山武義(46 ・営)、岩崎攻(43 ・ 商)、会計・大野公代(41 ・中)、幹 事長・児玉秀文(48 ・営)、幹事・田中稔(32 ・商)、西 谷侃治(35 ・商)、中村清志(36 ・商)、岸野利之(34 ・ 米2 )、川原信夫(47 ・済)、曽宮良寿(46 ・済)、監 査・田辺隆史(34 ・商)、中島義彰(39 ・米)。
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